大日本近世史料の細川家史料を借りてきました。どこから借りればいいのかよく解らんかったのでとりあえず三巻。忠興から忠利宛の書状が収録されてるのですが、しかしまー忠興の手紙…スゴイネー。(…)飛脚が過労死しそうな頻度ですね。ほぼ毎日忠興からの手紙が届く日々。ユーガットメール忠利。(…)
どうでもいいが口絵に忠興の肖像画が載ってるのですが(被り物してる奴とは別の奴。忠興の養女・三が作らせたものとの事。)「三斎のきむづかしく且つ細心の心情、その書状に横溢するが、この晝像にも亦よく描かれている」とか言われてて吹いた。横溢って…

色々メモしたい気もしますが島津家メモ向きな気もする。でもまあめんどいしこっちでいいか(いいのかよ)
寛永五年八月二十九日の忠利宛書状
京都板倉邸(京都所司代ですね)の珍事・猫の踊り
今朝上(上方?)より船参候、それに申来候、餘不思儀成儀と書付進候、板倉(重宗)所に
ねこのおどり候事、ひかり物之事、取々申候へ共、そ似たる事を取付申候かと存候所、板倉下屋敷にて、
ねこ数多くおとり申候、何も
あかき手拭をかつき候由にて候、見申たる者の口にて候
つまり…どういうことだよ!?(さあ)
壮絶に意訳すると「板倉重宗の家で「猫の踊り」が大量発生。どの猫も赤い手拭を被って踊ってたのを見た。っていう話を人に聞いた。」
つまり…どういうことだよ!!??(さあ)
因みに「ひかり物之事」というのは同じ書状に載ってる「修学寺の辺りから七月二十五日の明け方に『大から笠程なる火出候て』内裏の上へ飛んでって落ちたかと思ったら引き返し『ひゑの山(比叡山の事でしょうか)』へ帰っていった…」というつまりどういう事だよ!?と言う話。戦国超常現象シリーズ(…)
・寛永五年二月七日書状
忠利から贈られたあけ貝(姥貝)をうまうま食ってて萌え。「百姓の外は今迄喰不申由候」というのは、もっぱらお百姓さんが食べてた食べ物と言う事でしょうか。「毎日取寄食申候」て萌え。
・寛永七年四月十七日書状
例の島津家に将軍が御成りだよ!騒動の書状も載ってた。「薩州(忠恒)も兵部(伊勢貞昌)も初心に御入候故、何もかも調不申、俄に我々へ談合被申に付、やくたいなくやうやう取合申体に候、おかしく候、御すきやまはりの儀は、御茶堂衆に御任せ候被置可然由、申合候事」
伊勢さだまさしと忠恒のオロオロ感がとても伝わってくる書状ですね(…)
・寛永六年二月十一日書状
宗茂が忠興に「借金の返済ちょっと待ってくれ」とか言ってる。忠興には珍しく「(忠利に)別にいいよいいよ急がなくていいよって宗茂に言っといて」って感じの文面なので、この二人仲がかなーり良かったんだろうか。
・寛永七年八月十三日書状
「政宗事件の落書多し」って何だよ政宗事件って…前後まだ読めてないので事件の詳細は不明ですが
「方々の辻に落書仕候間、寫進之候、
絶言語候事共に候、未詩歌も在之由候、此歌京へはや可上候、左候こと、又能落書共出来候はんと存候、
にかにか敷儀、
笑止千万なる事に候事」
忠興さん楽しそう(そうかな)そして政宗はやはり人気者だ(そうかな)